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2006年11月 5日 (日曜日)

鳥獣花木図屏風の真贋(作成中)

プライスコレクションの若冲の鳥獣花木図屏風の真贋については、佐藤康宏氏の「もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品」に、変に荒々しく、
「あの屏風は絶対に若冲その人の作ではない。若冲の描く緊張感に富んだ形態はまったくなく、すべてはゆるみきって凡庸である。」

プライス氏は、当然(※)というか、真なのですが
東大の 氏は、まったくの贋
辻のぶお氏は、工房説
山下裕二は、真

(※)蕭白の作品は、贋ということで、認めて、展覧会出品されているので、当然ではないかもしれないです。

ただ、ややこしいのは、プライスコレクションは、重要な日本美術の作品が多いので、専門家も偽かなと思っても、気を遣って、真かなとか言っているような気もします。


日本美術研究の奥深さが、分かるのか、底浅さが分かるのかよく分かりませんが

ここまで書いて、すでに、同じ趣旨でもっと立派に考察されているブログを見つけました。


プライス氏?「若冲と江戸絵画」コレクションブログ

この絵については
若冲の作であるとかないとか
いろいろな説が飛び交っていますが
若冲にしかできなかったであろう
技巧が鏤められているんですよ。
私が初めてこの絵と対面するときも
「若冲ではないと思うよ」と
釘を刺されていました。
しかし、屏風を開いた瞬間に衝撃が走りました。
私にはこれは若冲の作としか思えないのです。

プライス氏 月刊文芸春秋

辻惟雄 NHKテキスト 知るを楽しむこの人この世界 ギョッとする江戸の絵画

この作品は長い間、いうなれば贋物扱いされて眠っていた作品なのですが、たまたま、ジョー・プライスさんの目に止まり、さっそく買われてしまったものです。

中略

しかし、これだけの膨大な作業を若冲一人で行ったとは考えにくいので、私は若冲が設計者の立場で指揮を振るい、その下絵を元に弟子たちとの共同作業によって仕上げたと考えていますが、結論はまだ出ておりません。

中略

画面を彩る動物や鳥たちの姿は実に個性的でかわいらしく、若冲の声がそこから聞こえるようです。彼にしかできない、まったく新しい美の世界がここに広がっているのです。


著者からのコメント
 佐藤康宏です。ひとつ釈明しておきます。この本にプライス・コレクションの作品が1点も掲載されていないのは、私の意思ではなく、先方から図版の掲載を断られたためです。これまで何度か若冲の図版を載せる本に関わりましたが、プライスさんの所蔵品をまったく入れないのは初めての経験です。でも、若冲の世界の豊かさはじゅうぶんに伝わる本になっていると思います。 
 モザイクのような、いわゆる桝目描きの技法で作られ、プライス・コレクションに入った屏風を、私は若冲の画とは認めません(従来も繰り返し、この本でも述べているとおりです)。少なくともエツコさんはその見解がお気に召さないらしく、ほかの作品まで掲載を断られてしまいました。プライス夫妻とは30年のおつきあいですし、ジョウさんの鑑識眼を信頼してもいました。いまでもあの「鳥獣花木図屏風」以外は重要なコレクションだと賞賛しています。今回の措置も残念ですが、それ以上に、だれよりも若冲を愛していたジョウ・プライスさんにして、あんな下手な屏風を若冲の作と信じてしまうものかと、あらためて悲しくなりました。
 美術館・博物館の関係者がコレクターに遠慮をするのはしかたありませんが、私はそういうしがらみのない研究者ですし、社交や友情よりも若冲の方がだいじです。贋作は贋作、模倣作は模倣作とはっきり区別することが、若冲の真価を明らかにするためには欠かせません。若冲の作る形と色をよく知った方は、「鳥獣花木図屏風」を若冲筆として疑問も持たずに展覧会に並べ、本に載せ、それらを鑑賞するのんきな人たちと一線を画すはずですが、せめてそういう方を増やすのにこの本が少し役に立てば幸いです

結論から先に言えば、私は静岡県立美術館の屏風と、プライスさんのこの屏風のクオリティについて、佐藤さんとはまったく逆の見解を持っている。静岡の屏風については、「緊張感に富んだ形態はまったくなく」「すべてはゆるみきって凡庸である」とまでは言わないが、「かなり緊張感が乏しい形態」で、「若冲のつくりだした形態を弛緩させたような凡庸さ」があると思っている。そんな実感は、ごく最近、静岡県立美術館であらためて実見した折に、再確認した。ディテールの「ゆるさ」や、高価な絵具を薄めたケチりかたを見れば、そんなことはすぐわかると思うのだが・・・・・佐藤さん、どうでしょう?
 さて、この二〇〇六年、私と佐藤さんは、このように真反対の評価を下しているのだが、

伊藤若冲 鳥獣花木図屏風 小学館 著者 山下裕二 2006年11月10日 初版第一刷発行

ハピネス アートにみる幸福への鍵 2003年11月13日 初版

 同様の手法を用いる作品に、静岡県立美術館蔵《樹下鳥獣図屏風》、個人蔵《白象群獣図》があり、それぞれの手法に微妙な違いがあるため、研究者の間では筆者問題についてさまざまに議論されているが、ともかく、この破天荒な屏風の構想が、若冲自身によってなされたことに、疑いの余地はない。
 若冲以前にも以後にも類例がないこの屏風は、日本美術史の常識をうち砕くようなインパクトを持った作品である。


月刊文藝春秋 2006年11月号  
若冲ブーム、仕掛け人は私 忘れられた画家を“発見”したのはアメリカ人
ジョー・プライス (財団「心遠館」理事長)

『鳥獣花木図屏風』は、作中に署名も落款もないことから、若冲ではないという説を唱える研究者もいるが、私はいささかも疑問を感じていない。鶴やアヒルの独特のフォルムは、まさに若冲のものだ。1つ1つの桝目を見ても何も意味はないのに、全体をみれば重要な役割を果たしている。若冲でないとすれば、一体誰がこんな巧妙な絵を描いたというのだろう。明治学院大学の山下裕二教授は、「若冲であることは間違いない。晩年に多数の人間を指揮して描かせたのではないか」と言っていた。この謎を、魅力の1つと感じる人もいる。

ややこしいのは、このもっと知りたい伊藤若冲を 朝日新聞の書評で、その山下裕二が取り上げているとこで、


鶴やアヒルの独特のフォルム(プライス) 左隻(象がいない方) ○

【関連記事】http://midoriwakakuwa.cocolog-nifty.com/tenrankai/2012/07/post-0729.html

http://midoriwakakuwa.cocolog-nifty.com/tenrankai/2012/02/post-0b6f.html


 http://midoriwakakuwa.cocolog-nifty.com/tenrankai/2013/01/post-937d.html

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コメント

すみません、美術や日本画について全くのド素人で、ここにコメントしていいのかわからないですが・・
先日某TV局で若冲の放送があり、鳥獣花木図屏風に惹かれいろいろnetで拝見するうちに、謎となり、ここを見つけた次第です。確かに静岡県立美術館の屏風の方がより細密なのかもしれないですが、とにかく見た瞬間から不思議な感覚で、理由なんてないのですが、惹かれるのは鳥獣花木図屏風の方なのです。本物を両方見比べているわけではないですが・・
ぜひ、この続きをお願いします。m(__)m

投稿: りんご | 2011年5月 1日 (日曜日) 23時03分

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