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2013年2月28日 (木曜日)

橋下徹現象と部落差別 (モナド新書 6)

ま、ええこと書いてある本なんやが、そんで、宮崎学のことは、嫌いやないんやが、ただ、被差別部落出身者、橋下が、自分で、自分が部落出身だと言うことは許されると言うてるのやが、ま、本人は、ええかもしれんが、橋下の住んでたところが、部落やということが分かってしもうて、近所の人たちは、大変迷惑しとるはずや。橋下の近所に住んでたとか、幼馴染やて言うてた人は、それだけで、差別されるんちゃうか。ほんまかどうか分からんが、選挙で昔住んでたところで、私はここの部落出身やて、選挙カーで叫んでたそうやないか?われが、一番、部落のこと利用して、他人に迷惑かけとんちゃうんやろか?
そこらへんは、自分が部落出身や言うてる宮崎も同罪やないやろか?そのへん、なんかごっつう気になるねんな、この本。

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